小渕館長のつれづれ

「いのち」の発信基地

 11月も半ばを過ぎ、寒さが深まってきました。昨年、「ストーブ募金」で買っていただいた薪ストーブ。表郷の材木屋さんが端材をわけてくれるので、チェーンソーで短く切ってストーブの燃料を作ります。薪づくりに慣れない者にとっては腰が痛くなり大変な作業なのです。ボランティアの皆さん、ありがとうございます。灯油高騰の中、お金のない施設にとっては大変助かります。

 博物館の一角に、小さな畑があります。トマト、ブルーベリー、ジャガイモ、ダイコン。中でも、今年はサツマイモが豊作です。「平和博物館に畑?」と、思われるかもしれませんが、いのちの尊さを学ぶには格好の教材なのです。

 一粒の種や苗から、野菜を育てるには、大変な努力がいります。炎天下の真夏、刈っても刈っても伸びてくる雑草との格闘、長雨時には日照不足に心を痛め、やっと実がついたと思ったら台風ですっかり落ちてしまうことも…。

 芋を掘り出す時も大変。途中で折れないように、少しずつ息を止めながら慎重に掘ります。そしていよいよ、春先から大切に育ててきた「いのち」とのご対面。ずしりと重い今年のベニアズマは例年にない良い出来でした。

 囲炉裏に炭で火をおこし、芋を焼きます。甘い、熱々の黄金色の焼き芋は、本当に、冗談ではなく「気が遠くなるほど美味」。おいしい! 「いのち」に感謝する瞬間です。

 思えば、そう遠くない時代まで、人々は大自然の恵みである動植物の「いのち」をいただいて生きる、いや「生かされている」ことを常に意識し、感謝の念を忘れなかったのではないでしょうか。

 スーパーやコンビニで調理済みの食品が簡単に手に入る今、食物から「いのち」を感じることは難しくなりました。モノが豊富な時代になった半面、心が貧しくなったことを象徴しているように思えます。食品の偽造表示問題などは、「心の貧困」の最たるものと言えるでしょう。食品業界のみならず、私たち自身の日常生活を振り返ってみる必要があるように思えます。

 心の貧困は、国内外を問わず、いのちを軽視した痛ましい事件が頻発する事態にも表れています。社会の急激な進歩や発展が、あだになっているとすれば、誠に皮肉な話です。過度な利益追求社会のみじめな末路が、近づいて来た気がします。

 宮沢賢治がお弟子さんたちに繰り返し戒めていたと言います。「農業は、人間の命をつなぐ食(職)業である。農業で儲けることなど、決して考えてはならない」と。

 「いのち」の源である「食」と「平和」に暮らすことができることは、人間にとってもっとも大切なことです。豊かな食、変わらぬ平和、そして、安全な環境は人間の本源的な生存の条件と言えましょう。さまざまな「いのち」に会いに、ぜひ博物館にお越しください。

2007年11月24日 福島民友新聞に掲載「みんゆう随想」
アウシュヴィッツ平和博物館長 小渕真理